世にも奇妙な物語 ブログの特別編

「世にも奇妙な物語 ファンサイトの特別編」管理人のブログです。

復刻!世にも奇妙なマニアトーク ①

夏の風物詩『ほん怖』の放送も終了し、秋SPまでまだまだ日のある今日このごろ。

当ブログでは、そんな世にもファンの皆様のココロのスキマを埋めるべく、本家『ファンサイトの特別編』20周年記念企画も兼ね、今回とある幻の番組を大特集したいと思います!

 

その幻の番組とは、今から9年前の2015年8月、放送25周年記念企画の一環として、フジテレビYouTube公式チャンネルにて期間限定公開されたスピンオフ番組「世にも奇妙なマニアトーク」です。

 

MCを務めるお笑いコンビ・ペナルティのヒデさんを筆頭に、若手芸人・横澤夏子さん、そして演出家四天王の1人であるレジェンド・小椋久雄監督など、各界を代表する世にも奇妙な物語マニア達が一堂に集まり、番組の魅力やトリビアを語り尽くすという『アメトーーク!』的な内容で、2015年8月28日から11月30日まで、隔週金曜ごとに全6回が配信されました。

 

ここでしか聞けない貴重な話が多数飛び出すのはもちろん、あのお蔵入りとなっていた「雨の特別編」の映像が初出しされるなど、「世にも」の歴史を語る上では地味に外せない番組となっています。そして、当『ファンサイトの特別編』も、データ協力等で微力ながら携わったこともあり、非常に思い出深かったり……。

 

そんな本シリーズは、YouTubeでの公開が終了してしまった現在、見る手段は一切なし。25周年SP・秋の番宣を兼ねていたこともあり、恐らく今後も再公開されることはなく、このまま歴史の片隅に埋もれていくのは確実。

 

 

──しかし、皆様ご安心ください。なんといっても、このブログを運営しているのは、データ収集大好きな、筋金入りの奇妙馬鹿。……そう、当時の私はそんな未来の到来をしっかりと予見して、配信期間中に番組内容を全文書き起こしていたのです!

 

さらに映像のスクリーンショットもいくつか発見できたので、今回それらを用いながら、貴重な「マニアトーク」の内容を、このブログ上で6回に渡って、できる限り再現してみることに致しました!

 

当時見れなかった方も、見ていたけど内容を忘れてしまった方も、9年越しに甦る"奇妙な奇妙なマニアの世界"を、たっぷり満喫して頂ければ幸いです!

 

 

※ ご注意 ※

掲載内容は全て2015年当時、管理人が独自に書き起こしした物となっています。そのため実際の内容・ニュアンスとは若干異なる部分が存在している可能性があります。ご理解の上、ご覧ください。

◆ 第1回「世にも妙な物語とは?」(2015年8月28日配信)

 

(ガラモンソングが流れる中、登場するヒデ)

 

ヒデ「さあ始まりました。世にも奇妙なマニアトーク。この番組は『世にも妙な物語』放送25周年を記念して、この番組を愛する超マニアックな方々を集め、この番組愛を語り尽くすという番組でございます。

 

司会は私、超世にも奇妙な相方を持つ男、ペナルティ・ヒデです。どうぞよろしくお願いします。さあみなさん、今日はよろしくお願いします」

(拍手)

 

 

横澤「よろしくお願いします~」

ヒデ「さあ、まずはみなさん。25周年特別番組ということで、見てください。この豪華なセット!」

(会場笑い)

 

(パネラー席、左から横澤夏子小椋久雄、白いマスクの男)

 

ヒデ「ね? ここにタモさんがいたら、これただのタモリ倶楽部ですよ。他局でございますけど」

(会場笑い)

ヒデ「(世にもは)ホントに学生時代から、第1回放送から見ていますから、本当に好きなんですけども。大学のサッカー部の寮にいたときに、みんなこの番組を『よにきも』と略して、見ていたんです」

横澤「『世にも』じゃないんですか? 私ずっと『世にも』って……」

ヒデ「あっ、『サザン』タイプだ!」

横澤「そうなんですか? (笑)」

ヒデ「最初の3つ取るんだよね。『サザンオールスターズ』じゃなくて『サザン』、『世にも』。そっちタイプだ!」

横澤「(笑)」

 

ヒデ「ちなみに、小椋さんは……?」

小椋「我々は『奇妙』って呼んでますね。スタッフの間では『奇妙』」

横澤「えーっ!」

ヒデ「どっちかというと『微妙』な感じがしましたけれども……『奇妙』ですか? そのまま」

小椋「というのは、夜中の『奇妙な出来事』っていう番組から始まりなんで『奇妙』という風に呼んでます」

 

ヒデ「なるほど! はいはいはい。さあまずは、芸能人代表でございます。紅一点、現在人気急上昇中の若手お笑い芸人、横澤夏子さんです。よろしくお願いします!」

横澤横澤夏子です、よろしくお願いします。もう(世にも)大好きですから」

ヒデ「ちなみにですけども、ご存じない方もいらっしゃると思いますので、ちょっとご挨拶がてらネタの方など……」

横澤「よろしいですか?」

ヒデ「よろしいですか? 逆に。お願い致します!」

横澤「(前に出て)お願いします、はい。『終電間際、駅のホームで泣いてる女』」

(うずくまり、泣く真似をする横澤)

横澤「ねぇ先帰って!……先帰ってって言ってんじゃん!……(号泣しながら立ち上がり)ねぇなんで先に帰るのぉ!?」

ヒデ「いや、いるけど!(笑)」

(会場笑い)

ヒデ「小椋さん笑ってますけど、その隣の(白いマスクの)方はほら、表情がよく掴めない」

横澤「あれ、ちょっと! (笑)」

小椋「笑ってました (笑)」

 

ヒデ「あ、ホントですか。わかりました。さあ、続きましては、スタッフ代表でございます。……私も緊張しておりますが。『世にも妙な物語』の生みの親で、現在まで全ての放送に携わる生き字引。共同テレビジョン所属、プロデューサーの小椋久雄さんです。よろしくお願いします!」

小椋「小椋です。よろしくお願い致します」

ヒデ「いやほんともう光栄です。全て携わってきたんですよね。今思うとやっぱり……?」

小椋「これだけ続くとは思ってなかったですね、最初始めたときはね。本当に光栄です、嬉しいです」

ヒデ「四半世紀ですからね」

横澤「そうですね」

ヒデ「すごい番組ですよね。今日は裏話なども聞けたらなと思っておりますので、よろしくお願い致します!」

小椋「よろしくお願い致します」

 

ヒデ「(白マスクの男を見て)さあ、そして最後なんですけど。かなり……(笑)」

横澤「(笑)」

ヒデ「あの取説持ってないんで、どうイジっていいか探り探りなんですけども、ご紹介致しましょう。視聴者代表であらせられます。……"タイガ”さんで、よろしいでしょうかね?」

大我「……」

ヒデ「聞こえてます?」

(会場笑い)

大我「……はい」

ヒデ「大我さん、実はですね。『奇妙』ファン、この『よにきみょ』ファンにもですね、一目置かれる生粋のマニアと聞いておりますが。ただ、一般の方ということでお顔が出せない」

大我「はい」

ヒデ「ただまあ……お詳しいんでしょうね?」

大我「まあ、はい……(笑)」

ヒデ「あのホントに、日本で2番目ぐらいじゃないかと。1番の方もいらっしゃるらしいんですけども、それぐらいお好きだと」

大我「いやいや……(笑)」

ヒデ「これ逆にあの、実はタモさんだったってことないですよね?」

(会場笑い)

ヒデ「そしたら、すげー豪華なキャスティングですけどね」

横澤「そうですよね」

ヒデ「資料によりますとですね、すべての作品を最低3回は見ていると」

大我「大体は……そうですね」

ヒデ「どんだけ娯楽がない街で育ったんですか!」

(会場笑い)

ヒデ「いや、リスペクト込めて言いますけど……気持ち悪っ!」

(会場笑い)

 

ヒデ「(世にもの)魅力は何ですか? ズバリ一言で」

大我「普段、なかなかこういうドラマってやらないじゃないですか。(大抵は)恋愛物とか警察ドラマとか……」

ヒデ「多いですよね。面白いんですけどね」

大我「(普通のドラマとは違った内容が)……楽しいです」

ヒデ「僕から目の動き見えるんですけども。もう泳いでるっていうか、溺れてる感じが……」

(会場笑い)

ヒデ「もうこの辺でやめときましょうか! 後々、いろんなコーナー用意してますから。そちらで、語っていただけたらなと」

横澤「はい」

 

ヒデ「最初のテーマはこちら!『世にも妙な物語』とは~!」

(拍手)

ヒデ「まず初めはです。やはりあのー……ご覧になってないという方もいらっしゃるかもしれませんので、簡単にですね、この番組の説明をしていきたいと思います。ではここからは横澤さん、お願い致します!」

横澤「はい、説明させていただきます」

ヒデ「はい、お願いします」

横澤「(詳細が書かれたホワイトボードの裏面をひっくり返す)こちら、『世にも妙な物語』」

 

 

ヒデ「うわあ、すごい……」

横澤「なんと、1990年4月19日から、毎週木曜よる8時にフジテレビ系列で放送されたオムニバスドラマシリーズとして始まったんですね」

ヒデ「90年ですよ」

横澤ストーリーテラーは、もうご存知タモリさんということで」

ヒデ「(小椋に) これ、タモリさんをキャスティングしたのって……?」

横澤「えっ、気になる!」

ヒデ「お聞きしてもよろしいですか?」

小椋「そうですね、タモリさんの持っている、こう……まあストーリーテラーなんで、神のような目線と、あと知性みたいなものがすごい必要だったんですね。だからぴったりで、もうタモリさんしかなかったですね」

ヒデ「なるほど」

横澤「続いて、開始当初は6ヶ月間毎週放送する連続ドラマだったということで」

ヒデ「それも全てクオリティが高いから」

横澤「そうですよね」

ヒデ「(小椋に) 大変だったでしょうね?」

小椋「そうですね。もう、いろんな会社に手伝ってもらいました制作は。やっぱり毎週毎週オムニバスを作るのは……」

ヒデ「ええ」

小椋「やっぱり、一つの制作会社ではできないもんですから。他の日活さんだとか、東映さんだとか。いろんな会社のプロデューサーのみなさん、監督のみなさんに助けていただきながら作りましたね」

ヒデ「同時進行で行かないと間に合わないですよね?」

小椋「そうですね」

 

横澤「2000年には放送10周年記念で映画化。後に韓国では2004年、中国で2014年でも制作されたということで」

ヒデ「もともと、そういうビジョンっていうのはおありだったんですか?」

小椋「いや、ここまで続くとね、最初は思っていないんで。でも10年続いて、まあ10年続いたから、ひとつは自分たちへのご褒美」

ヒデ「なるほど」

小椋「それから視聴者のみなさんへのプレゼントということで、なんか大きいことやろうよってことで」

横澤「はい。今年2015年で、ついに25周年!」

ヒデ「すごいですね……」

横澤「ほんと素晴らしいことです。現在までの作品数492本ですからね」

ヒデ「いや、これがすごいんですよやっぱり」

横澤「492本ですよ」

ヒデ「だってキングカズだって、Jリーグ通算157でしょ」

(会場笑い)

 

横澤「ただね、それだけじゃないんです。だって、テレビの賞を何度も受賞している。ニューヨークフィルムフェスティバルで受賞されているんですよね」

小椋「はい、そうなんです。これがそのときのね、盾なんですよ」

ヒデ「えぇっ!」

横澤「すごい賞……」

小椋「(盾を見せ)ここにね、ニューヨークフェスティバルの……」

 

 

ヒデ「うわ~!」

横澤エミー賞とね」

ヒデ「これちょっと大我さん、これはさすがに初めてご覧になりますよね?」

大我「そうですね、ちょっと興奮しますね(笑)」

ヒデ「興奮しますねえ。(小椋に)その(受賞の)お話を聞いた時はいかがでしたか」

小椋「私もね、ニューヨーク行けると思って、楽しみにしてたんですけど……」

ヒデ「えっ、行ったんでしょ?」

横澤「ニューヨークに行かれては……」

小椋「行ってないんです」

横澤「えーっ!」

ヒデ「行ってないんですか!?」

小椋「盾が送られてきました」

横澤「あっ、そういうもんなんですね (笑)」


ヒデ「ほかに補足など……あと、逆にね。こんなん知ってますみたいな、大我さんあったりします?」

大我「ラジオ番組が作られたことがあるっていうのは……」

小椋「ラジオの特別編ってありましたね」

ヒデ「ありました?」

小椋「ありましたありました」

ヒデ「えーっ!」

横澤「ほんとですか?」

ヒデ「どんな感じだったんですか、やっぱりニッポン放送?」

小椋「……だと思います」

大我「いや、文化放送……」

(会場笑い)

ヒデ「(小椋に)全然知らないじゃないですか!(笑)」

横澤「携わってました? ホントに(笑)」

小椋「ラジオの方はすみません、携わってないです」

ヒデ「携わってないから」

横澤「あっ、そうなんですね」

ヒデ文化放送で。1時間くらいですか?」

大我「えっと、確か30分……」

小椋「詳しいですね、やっぱり」

ヒデ「すごいな!(笑)」

横澤「すごい(笑)」

ヒデ「それこそイマジネーション膨らむから……」

横澤「そうですね」

ヒデ「また違ったね? 恐怖などもあったんでしょうかね?」

大我「……(長めの沈黙)」

ヒデ「お前だぞ聞いてるの!」

大我「すみません!(笑)」

(会場笑い)

 

ヒデ「放送開始25周年ということで、これまでの作品492本の中から、ファン投票が行われたんですよね。TOP30、こちらでございます」

 

 

ヒデ「さあ、この結果ご覧になって……プロデューサーの立場としてはいかがですか?」

小椋「コアなファンの方の大好きな作品がずいぶん入ってるんですね。『ズンドコベロンチョ』とか」

ヒデ「はい」

小椋「これは北川(悦吏子)さんの名作ですけども。やっぱり、ああ順当だなと思いますけどね」

ヒデ「なるほど。まあ、こう見ると2000年代がちょっと多いかなと」

横澤「そうですね」

ヒデ「まあ記憶にもね、新しいということなんでしょうかね。逆に『あ、これ入らないんだ』っていう意外な作品もありました?」

大我「えっと、2001年の『おばあちゃん』っていう、結構怖い話があるんですけど」

ヒデ「はいはい!」

 

(「おばあちゃん」(2001年)の映像が流れる)

 

大我「あれが30位以内に入ってないっていうのが、ちょっとびっくりしましたね」

横澤「私はっていうと『密告ネット』が入ってないんだっていうのも。あれすごい、私が見てる同世代ですっごい楽しくて。翌日に密告ネットっていうのが、ホントに出来上がったんですよ」

 

(「密告ネット」(2005年)の映像が流れる)

 

小椋「ありましたね」

横澤「えっ、知ってました!?」

小椋「ホントに番組のデザインそのまんまのやつで」

横澤「そう! そのまんまのやつで」

小椋「ホームページがありましたね」

横澤「そうです。(背景の)お花が両サイドにあって。ホントにあった話だったのかなって思ったくらい」

 

ヒデ「なんとですね。この中から5つの作品がリメイクされるんですよね」

横澤「えーっ!」

小椋「今年の秋!」

ヒデ「ってことはですよ、もうここで……(ホワイトボードの『作品数492本』の文字を指す)」

横澤「あーっ、そうか!」

ヒデ「っていう。さらにですね。近づいていくわけですね」

横澤「500本目に。うわあ、この中から5つ……楽しみですねぇ~!」

ヒデ「楽しみでございます。……ということで! 基礎の方はこの辺で。では続いてのコーナーに参りましょう」

 

◆ 次回予告 ◆ (次回のダイジェストが流れる)

 

横澤「(フリップを見せながら)物凄い方々が。脚本家さんたちが……」

 

小椋「最初に、どんな面白い話をみんなで作ろうかって話が先行なんです」

ヒデ「ええ、ええ」

 

ヒデ「(大我に)使って良いからな、チン(ベル)それ!」

横澤「(笑)」

 

大我「実はこれ、さんまさんの実体験なんです」

 

小椋「ローマ字で"H・OGURA"っていう……」

(会場笑い)

ヒデ「その盲腸っていうお話はさすがに……」

大我「いやぁ~全然知らなかったですねぇ」

 

大我「4170人?」

ヒデ「凄いな!(笑)」

小椋「いやーほんとにお詳しいですねぇ」

 

~次回、『世にも妙な物語のここがすごい!』お楽しみに!!~

 

◆ マニアトークこぼれ話 ①

ここでは毎回、撮影秘話や補足情報など、「マニアトーク」の世界をより深く知ることのできる裏話の数々を紹介していきます。

① 謎の一般人代表、大我さん?

まずは何と言っても、皆さん気になるであろう一般人代表の大我さん。その正体は、当サイトの常連さんで、開設当初から情報提供等でお世話になっていた(当時)20代の好青年。

 

何でそんな方が出演することになったのかというと、実はこの一般人枠……元々、私にオファーが来ていたんです。

 

ところが、しばらくして某出演者のWブッキングが発覚したことで、収録日が急遽延期されることとなり、私がスケジュールNGに。そこで、ピンチヒッターとして、こちらから大我さんを推薦させていただいた……というのが事の真相。

 

ちなみに、大我という名前は私が付けたものでして、ワタクシ白虎の代理ということから『普通の虎』→『タイガー』→『タイガ』→『大我』という安直な発想によるもの。

 

本コーナーでは、撮影に参加された大我さんご本人から伺った裏話も多数ご紹介していきます。(※ご本人の確認&了承済み)

② 初紹介パートでパニックに…!?

収録前日には、番組で使えそうな補足資料等を渡すため、大我さんと都内のファミレスで落ち合い、事前にスタッフさんから渡されていたという進行台本を見ながら、二人で(勝手に)打ち合わせを。

 

(実際の進行台本 ※大我さん提供)

 

諸事情からお顔が出せないということもあり、収録ではスタッフさんが用意したマスクを付ける事を知らされていたので、「恐らくバラエティ的に、怪しい変人キャラとして、『詳しすぎてキモッ!』みたいなイジられ方をされちゃうかもと思うんですが……」と心配する私に、大我さんは「大丈夫です!その辺はテレビっ子なので!」と頼もしい返答。(※予想通り、本編ではそういうイジられ方をされていますが、ご本人は全く気にせず楽しまれたそうなので、ご安心ください!)

 

そんな大我さんの最初の見せ場は、MCから紹介されるパート。想定台本では、ヒデさんから声をかけられるも、最初はコクリと頷くのみ。やがて、MCからの紹介を経てからようやく口を開く……という流れになっていました。

 

(実際の進行台本より、問題の初紹介パート)

 

もちろんバラエティ寄りの番組なので、一言一句そのままという訳にはいかないでしょうが、少なくとも制作側の求める通り、まずは怪しげな雰囲気でインパクトを与えたほうが良いのだろうなと解釈する我々。「ここはかなり大事ですよ!」と、大のオトナ2人がファミレスの片隅で何度も練習を重ねたのでした。

 

 

そうして「マニアトーク」の収録は、2015年8月17日、フジテレビ湾岸スタジオのGリハーサル室にて、14時30分からスタート。何度もイメトレを繰り返し、多少の緊張はありつつも、落ち着いて本番に臨んでいたという大我さん。いよいよMCから例の話題を振られる瞬間がやってきます。

 

「……視聴者代表の方で、よろしいですか?」

 

想定通りにコクリと頷き、まずは第1段階クリア。……ところが、MCのヒデさんが何やら困惑したような反応で、「あれっ?」と妙な違和感が胸を過ったそう。そこで「頷き方がわかりにくかったのかも…」と思い、再びの問いかけに今度は大きめに頷いてみたところ、今度は出演者&スタジオ全体が「……え?」という凍りついた空気に。

 

この時、ようやく大我さんは、"想定よりも明るく賑やかなテイストで進んでいたため、今さら台本通りに怪しさを出す雰囲気ではなくなっていた"ことに気が付き「やらかした…!!」とパニックに。すぐさまモードを切り替えて発言するも、目が泳ぎまくるわ、頭が真っ白になり言葉が出てこず撮影を止めてしまうわ、出演者名を間違えてしまうわ等々、散々な状態になってしまったんだとか。

 

なんとか中盤辺りで気持ちを立て直せたそうですが、それまでは「自分のせいで、番組の25周年と管理人さんに泥を塗ってしまうのでは…」と内心気が気じゃなかったそう。後日配信された動画では、その辺が上手いこと編集されていたので「さすがプロ!」と感心しつつ、かなりホッとしたそうです。

 

最後に、今回この件を『こぼれ話』で取り上げるに当たって、ご本人にコメントを求めたところ、「書き起こしでも序盤のテンパりぶりが伝わると思うので、コイツは裏でそんなヘマをやらかしてたんだなと笑ってもらえれば、少しは救われます!(笑)」とのことでした。本当に本当に、お疲れ様でした…(^^;)

③ 貴重なセット写真

大我さんによれば、収録前にセットを見学・撮影してOKとの言葉をかけてもらっていたそうで、その際に撮影された写真を提供して頂きました。その数点をご紹介。

 

(画像提供:大我さん)

 

ほか、当時の番組公式X(旧:Twitter)でも、撮影前の様子がアップされているので、参考として掲載しておきます。

 


 

以上「復刻!世にも奇妙なマニアートーク」でした。

今後の回もまとめ終え次第、順次公開していきますので、是非ともお楽しみに。